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■「1人足りとも殺させないため」に、必要なもの

前回のコラム
「戦争に行く」は罰ゲーム?
には、たくさんのご反響を頂きましてありがとうございました。

いろいろな媒体に取り上げられ、中にはセンセーショナルな文言を付けられたものもあって、「自衛官に失礼だ」と言ってる私が一番村本さんに失礼なことをした結果になってしまい、村本さんにはとても申し訳なく思っています。

頂いたコメントやSNSなどでのご意見、ご感想を読ませて頂いて、私も改めていろいろと考えました。

私は自衛隊に関する本や記事を書いていて、ファンレターを頂くことがあります。
中には、「岡田さんの本を読んで、自衛官になりたいと思いました」という若い方もいらっしゃいます。
そして、「無事、採用が決まりました。この春から入隊します」とご連絡をくださることもあります。

また、自衛隊の取材に行ったり、予備自衛官の訓練に出頭すると、若い自衛官や予備自衛官から「岡田さんの本を読んで自衛官になりました」「予備自衛官になりました」とお声掛け頂くこともあります。

こういう声を頂いて、「嬉しい」という気持ちはもちろんあるのですが、同時に「私はとんでもないことをしているのではないだろうか」という気持ちも沸き上がります。

もしも、「岡田さんの本を読んで自衛官になりました」という彼ら、彼女らの身に何かあったら……私はご家族になんて謝ればいいんだろう……。
どうか、どうか、ご無事のご勤務を……。

みなさんご存じのように、自衛隊の任務には身の危険が伴います。
有事でなくとも、災害派遣や訓練中の事故で殉職される方もいらっしゃいます。

もちろん、彼ら、彼女らはそこを承知で自衛官をやっていると思います。
ご家族のみなさんも、葛藤を抱えた上で、大切なご家族を送り出してくださっていると思います。
だから、私がこんなことを考えるのは失礼なのかもしれません。

でも、やっぱり考えてしまいます。

「岡田さんの本を読んで自衛官になりました」という彼ら、彼女らだけでなく、私には自衛隊に多くの友人・知人がいます。
みなさん身の危険を承知で自衛官を続けています。
しかし、誰一人、友人・知人でなくとも、「何か」は絶対に起きて欲しくありません。

前回のコラムは村本さんも目に留めてくださったようで、こんなツイートがありました。




……とまた村本さんに絡んで大変申し訳ないのですが、村本さんご自身もおっしゃっているように、村本さんは「難しくてよくわからないけど知りたい」という人の代弁をしてくださっているんですよね。
そして私も、以前から「難しくてよくわからないけど知りたい」という人に伝えたいと思ってあれこれ書いている人間です。

ので、「わからないけど知りたい」を端的に表現してくださる村本さんの発言は、例としてとても適切でありがたく、乗っからせて頂いています。

上記ツイートにあるように、村本さんは自衛官の方々とお話をされたそうです。
その旨を伝えるツイートには同席されている方の写真もありましたので、ツイートの文章のみ転載します。

稚内のスナックに自衛隊の人達が飲んでた。だからおれの発言の国のために死んでほしくないって話が失礼か聞いた。そしたら「俺たちの口からは言えない、家族がそう言ってくれるのはほんとに嬉しい」って言ってくれた。自分たちに死ぬ覚悟があっても国のために死んでくれと言われて嬉しいはずがない。



スナックきてよかった。自衛隊の話たくさん聞けた。一緒にいっぱい話し合った。世に出ていない話たくさん聞けた。会えてよかった。スナックの女の人も優しくて、自衛隊員は最高にかっこよかった。



そして、最後にこのツイートで絞められていました。




「1人足りとも殺させないために、命をかけて外交を。」

この村本さんのご意見は、私もまったくの同感です。
そして、私は「1人足りとも殺させないため」には、「命をかけた外交」に加えて「命をかけた抑止力」も必要だと考えています。

人は、何かを実行しようとするときに「それが実現可能かどうか」を考えます。
「やれるな」「やれそうだな」「やってみる価値はあるな」であれば、実行を考えます。
「どうあがいてもやれないな」「無理だな」であれば、実行をやめ、別の道を考えます。

もし、とある「X国」が「日本を攻撃・侵略しよう」という考えを持ったとしたら。

もし、X国が日本を攻撃・侵略しようという考えを持ったときに、日本に「攻撃・侵略を防ぐ力」がなければ、「やれるな」「やれそうだな」「やってみる価値はあるな」と考えるかもしれません。
少なくとも「日本を攻撃・侵略する」が、選択肢のひとつに残ります。

でも、X国が日本を攻撃・侵略しようという考えを持ったとしても、そのとき日本に「攻撃・侵略を防ぐ力」があれば、X国は日本への攻撃・侵略を「しない」という選択を取ります。
日本に「攻撃・侵略を防ぐ力」があり、攻撃・侵略できる可能性が1ミリもなければ、X国は攻撃・侵略を実行しても時間とお金と人の無駄遣いになるだけですから。

「攻撃・侵略を防ぐ力」=「抑止力」が大きければ大きいほど、日本は攻撃・侵略されにくくなります。
日本が攻撃・侵略されにくくなれば、戦闘が起こりにくくなり、「1人足りとも殺させない」がより実現できます。

日本における「抑止力」には、「自衛隊の実力」、そして「自衛隊を運用するための法・制度」があります。
これらを高めることにより、抑止力は大きくなります。
では、抑止力の要素のひとつ、「自衛隊の実力」をより高めるためにはどうすればいいでしょうか。

「自衛隊の実力」にもいくつかの要素があります。
装備品の性能、それを運用する技能・知識、そして自衛官の能力、意思、などなど……。
「自衛隊の実力」をより高めるためには、このすべてがレベルの高いものである必要があります。

このうちの、「自衛官の意思」。
「抑止力」の要素のひとつである「自衛隊の実力」の要素のひとつである「自衛官の意思」。

もし、自衛官が
「俺は死ぬ危険があっても任務を遂行する」
「俺は死ぬ危険があれば任務を捨てる」
と言った場合、どちらがより大きな「抑止力」でしょうか。
どちらのほうが、X国が「日本への攻撃・侵略をやめよう」と思うでしょうか。

自衛官が「俺は死ぬ危険があれば任務を捨てる」だったら、X国に「日本への攻撃・侵略はやれるな」と思わせてしまいます。
でも「俺は死ぬ危険があっても任務を遂行する」だったら、X国に「日本への攻撃・侵略は難しそうだな。やめとこうかな」と思わせることができます。
X国が「日本への攻撃・侵略はやめとこう」となれば、戦闘は起こらず、実際に「死ぬ危険のある任務」を行う必要はなくなります。
(もちろん、あくまでも「自衛官の意思」は「抑止力」の要素のひとつに過ぎないので、これだけで簡単に行くものではありませんが)

私は絶対に、自衛官の身に何かが起こって欲しくありません。
でも、自衛官がその「覚悟」を持つことは、「抑止力」をより大きなものとし、国民を守ることだけでなく、自衛官の身を守ることにもなります。

私は予備自衛官で、有事の際は招集を受ける可能性があります。
招集を受けて行う任務には、身の危険を伴うものもあるかもしれません。

もちろん、正直に言えば死にたくないです。
敵だろうが味方だろうが自分だろうが、生死にかかわる場になんて行きたくないです。
怖いです。

でも、怖い怖いと脅えていたら、やれることもやれなくなります。
任務が遂行できなくなります。
脅えていたらミスをして、本来であれば危険ではない場面でも自らを危険にしてしまいます。

でも、怖いです。
イヤです。

でも……。

この葛藤とどう向き合うべきか……たくさん考えてたくさん悩み、そして関係者とたくさん話をしました。
そしてまた考え、悩みました。

……という過程を経て、出た結論が
「抑止力を高めるために、覚悟を持つ」
「日本を守るため、大切な人たちを守るため、そして自衛官たちを守るためにも、覚悟を持つ」
です。

この「身の危険」や「覚悟」には、自衛官22万人に22万通りの思いがあると思います。
予備自衛官、即応予備自衛官も同様です。

「俺は死ぬ危険があっても任務を遂行する」
もしみなさんの身近な人がこう言ったら、みなさんはどんな言葉を掛けますか?

「やめて」
「死なないで」
「生きて欲しい」
「ドン引き」
「そうか。応援するよ」
「ありがとう」

それぞれに、それぞれの思いがあると思います。
私も、私の身の案じる言葉を掛けられたら、「ああ、私のことを大切に思ってくれているんだな」と素直に嬉しいです。

一方、「抑止力」を考えた場合、どんな言葉を掛けますか?
日本を守り、私たちを守り、大切な人たちを守り、自衛官を守る「抑止力」を高めることを考えた場合、どんな言葉を掛けますか?
どんな言葉を掛けたら、「抑止力」のひとつの要素である「俺は死ぬ危険があっても任務を遂行する」という覚悟をより強い物にできると思いますか?

……とっても難しいですよね。

この答えに正解はないと思います。
でも、ほんの少しで構いませんので、ぜひ「私だったらどんな言葉を掛けるだろう」を考えてもらえると嬉しいです。

前回も書きましたが、自衛官は「死ぬ」を目的にしているワケではありません。
自衛官の目的は「任務の遂行」です。
死んだら任務を遂行できませんので、どんな状況下でも「生きる」ための努力をします。
生きて、任務を遂行します。

ので、村本さんのツイートにもありますが、よく世間で言われる「国のために死んでくれ」は、単純に「???」と思います。
死んだら任務を遂行できませんから。
生きて任務を遂行することが「国のため」ですから。

「国のために死んでくれ」は、おそらく先の大戦から連想されているのではと思いますが、今のこの時代に予備自衛官をやってる私がもし「国のために死んでくれ」に回答するなら、
「国のために死んでくれって言われても死なないよ。国のために、死ぬ危険があっても任務を遂行するけど、生きて任務を遂行するよ。私たちがやることは、ただひとつ任務の遂行だよ。そのために生きるし、死ぬ危険があっても任務を遂行するよ」
でしょうか。

さらに「国のために死んでほしくない」に回答するなら、
「うん、国のために死なないよ。国のために生きて任務を遂行するよ。国のために生きるし、死ぬ危険があっても任務を遂行するよ」
でしょうか。

「1人足りとも殺させないため」に必要な「外交」、そして「抑止力」。
これは、どちらかがあればそれで良いというものではありません。
どちらもが最大限の力を持つことで、「1人足りとも殺させない」がより実現できるようになります。

そして、「外交」「抑止力」に、もひとつさらに付け足すなら、「私たち一人ひとりの意識」。
「外交」や「抑止力」に対する、私たち一人ひとりの意識。

国民の一人として、「1人足りとも殺させないため」に、私も精一杯考えていきます。

また私は予備自衛官でもあるので、「1人足りとも殺させないため」に、死ぬ危険があっても任務を遂行します。
……まあ、言うのは簡単ですが。
ほんとこれ、難しいです。



※今回は、「日本が攻撃・侵略を受ける(日本への武力攻撃)」での「1人足りとも殺させないため」に焦点を絞りました。海外派遣など、別パターンでの「1人足りとも殺させないため」も、また改めて書きたいな~と思っています。


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プロフィール

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岡田真理・著
(文藝春秋社)


よくわかる自衛隊 (楽しい調べ学習シリーズ)



志方俊之・監修
岡田真理・文
(PHP研究所)



―岡田真理―
フリーライター。昭和52年生まれ、福岡県香春町出身。同志社大学工学部中退。平成17年、陸上自衛隊予備自衛官補(一般)に志願。50日間の教育訓練を経て、平成19年、予備自衛官に任官。現在も任用継続中。全国の陸海空自衛隊各部隊を取材し、「女子高生にも分かる国防」をモットーに執筆活動を行う。

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