■沖縄戦の旅

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■沖縄戦の旅 その1

年末にうだうだ言ってました、沖縄の遺骨収集に行ってきました。

沖縄本島は初めてなので、「青い空に青い海……あったかいんだろうな~」と少々浮かれ気味で那覇空港に到着すると、外は雨。
空も海も灰色で肌寒い……。
ちきしょー。
ま、東京よりは全然ぬくかったですが。

那覇空港に着陸して、窓の外を見てみると、滑走路横に空自のヤッターガエルが!
ふと見ればAH-64もF-15も、そして海自のP-3Cも数機。
那覇空港って自衛隊も使ってるんですね。
知らんかった。

空港のすぐ近くには陸自の駐屯地もあって、モノレールから一般道を走るトラックも見えました。
荷台に乗ってる人たちが眠そうでした。
朝早くからお疲れさまです。

さて、宿に到着したものの、集合時間まであと4時間。
せっかくなので那覇観光をすることに。

しかし、どこへ行っていいやらさっぱり……。
うーん、観光するつもりがまったくなかったのでなにも下調べしてない……。

で、巨人がキャンプ張ってる沖縄セルラースタジアム那覇へ。
いや、別に巨人ファンじゃないんですけどね。
宿から一番近いキャンプがここだったので。

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誰もいない……。
なんで練習してねんだよ。
雨だからか??

恨めしく空を見上げると、雨の空に飛ぶAH-64を発見。

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望遠じゃないと分からんな。

雨なら屋内練習場か?……と覗いてみても、ひと気はなし。
通りかかった記者さんらしき人の声に耳を傾けると、どうやらこの日はオフのもよう。
ちきしょー。
せっかく来たのに。

……と、うろうろしてたら東野発見!

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分かりにくいですね。
巨人ファンじゃなくても、野球好きにはすげー嬉しい偶然!

そしてさらにうろうろしてたらマシソンとゴンザレス発見!!

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やっぱり分かりにくいですね。

ヘラヘラしながら近くまで行ったら、マシソンが握手してくれました。
んでゴンザレスがサインしてくれました。

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ゴンザレスのファーストネーム「Dicky」と背番号の「49」。
マシソンもゴンザレスもめっちゃいい人でした。

ゴンザレスにサイン書いてもらってるとき、どこかのカメラマンさんに写真を撮られたんですが、あれはなにかに載ったんでしょうか。
まあ、載ってないな。
バシバシ撮るだけ撮るもんな。彼ら。

オフで残念だったものの、しかしオフで人が少なかったからこそのラッキーを味わい、キャンプ観光は大満足。
ランチはやんばる野菜の小鉢を食べました。

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挽肉と野菜のピリ辛煮込み、ゴーヤーチャンプルー、かぼちゃ煮付け、スーナーのごま和え、玉子焼き、大根梅しそ漬け、冬瓜煮、冷麦、ごはん、みそ汁の10品に自家製さんぴん茶が付いて780円! 安っ!

初めて食べるものもありましたが、ぜんぶすっげーおいしかったです。
でも量多すぎて残しちゃいました。すみません。

いや~、なにも調べずにテキトーに入った店なのに大当たりだったな~。
ゴンザレスにサインもらったし、マシソンにも握手してもらったし……と、「お前沖縄になにしに行ったんだ」な状況ですが、今日はここまで……。

来週はちゃんと遺骨収集のことを書きますすみません。


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■沖縄戦の旅 その2

沖縄2日目もやっぱり雨。
濡れそぼりながら、海岸の岸壁にある藪の中に入りました。

場所を案内してくれたのは、ご自身も中学生のときに沖縄戦を体験された男性。
大きな岩の前で立ち止まり、「うん、このあたりだね」と御遺骨が眠ってそうなポイントを教えてくれました。

「海がこっち側でしょ。この海から艦砲射撃されたから、この反対側、こういう岩の陰にみんな隠れてたんだよ」

藪の向こうから聞こえるのは、低気圧で少し荒れた海の音。
静けさの中に、ときどきザザー、ザザーと。
でも67年前、ここは艦砲射撃の音が鳴り止まなかったところ。

これまで取材やなんかで戦車砲やロケットランチャー、迫撃砲、機関銃……いろんな射撃音を耳にしてきましたが、ほんとにどえらい音です。
自分が狙われてるわけじゃないのは分かってるのに、体全体でびくぅっとしてしまうような、本能が怖がっちゃう音。
それらの音を思い出して、今いる場所に重ね合わせようとしましたが……ちっとも想像できませんでした。
そのくらい、ほんとに静かで穏やかなとこで。

さて、土掘り。
……の前に、まず木を切ります。
67年の間にこんななっちゃってるんで。

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土を掘る前に、まずこの木を切ってく時点で気の遠くなるような作業ですが、でもそんだけ御遺骨がほったらかされてたってことなんですよね。
こんななっちゃうくらいの長い年月の間。
それを考えれば、どんな作業だろうとせっせせっせ……腰痛ぇ。

木を切り、草を切り、土を掘り……で驚いたのは、ゴミがまったくなかったこと。
どんだけ人入ってないんだここ。
唯一、ペプシの空き缶を見つけました。
でもよく見たらプルトップが昔の完全に切り離される仕様。
いつからあんだこれ……。

と、隣で作業をしてた女性が「これだよ」と土で汚れた白いかけらを見せてくれました。
「これ、ちっちゃいけど分かる? 脊椎の一部分」

このあたりは、地元の住民じゃなく、内地から来た兵隊さんたちが隠れていた場所とのこと。
そして、もうどうにもならず、手榴弾を胸に自決された方も多かった場所。
だから、このあたりから見つかった御遺骨は、ちゃんとした形ではなく、脊椎の一部分だったり、歯だったりと本当に細かなものでした。

脊椎のかけら。
手のひらに乗せてみると、とてもとても軽いものでした。
どこから来た兵隊さんだったんだろう。
何歳で亡くなられたんだろう。
ご両親は……ご家族は……お子さんは……。

脳裏に、たくさんの自衛官の顔が浮かびます。
愛する人がいて、家族がいて、優しかったりちょっと怖かったり、お酒飲んで大声で笑ったり、でもビシッとかっこよくて……。
きっと、この兵隊さんも、きっと、彼らと同じような……。
もし、この先戦争が起こっちゃったりしたら、もし、彼らがこの兵隊さんみたいに……。

考え始めたら泣きそうになっちゃうので、ひたすら手を動かしました。


■沖縄戦の旅 その3

沖縄では、たくさんのことを学びました。
遺骨収集自体でも、たっくさんのことを学びましたが、なにより印象的だったのは、沖縄のひとたちです。

みなさん、ほんとに温かくてご陽気で親切で。
内地から来た、私のようなどこの馬の骨とも分からんような人間にも、「わざわざ大和の人が沖縄のために来てくれて」と、それはそれは親切にしてくださいました。

入れ替わり立ち替わり、たくさんの方が「よかったらどうぞ」と差し入れを持ってきてくれたり。
そしてそのすべてが、おかあ手作りのサーターアンダギー!
すっげー大量!

おいおいお気持ちはありがたいけどこんなに食えねぇよ……と、とりあえず1コ口にしてみたらンマ~イ!!
東京とか大阪でも、露店で売ってるサーターアンダギーを食べたことありますが、ぜんっぜん違う。
めっちゃうまい。

おかげでひとつ残らずばくばく平らげちゃいました。
普段、甘いもんあんま食べないんだけど。
ほんのりの甘さがマジでおいしくて。

んで、沖縄のひとたち、ほんとご陽気です。
宴会やれば、誰かが三味線ならして歌と踊りが始まって……ってのはテレビなんかでも知ってたんですが、これ、初めてナマで見ました。
全員スーツで出席するような正式なパーティーで。
ああいうのってカジュアルな宴会でやるもんだと思ってたんですが、人が集まればどこからともなく三味線が出てきて、歌と踊りの輪が広がって。
いやー、ほんとみなさん芸達者だ。

遺骨収集の作業場所に行く道中、バス移動のときには、現地を案内してくれた沖縄の方が沖縄戦当時のいろんな話を聞かせてくれました。
「こんな歌も覚えてますねー」と軍歌や校歌を歌ってくれたりしたんですが、やっぱりその歌にも「ア~イヤ~」「イ~ヤ~サッサ~」なんて合いの手が入り。
こんなご陽気な軍歌聞いたの初めてだよ。

今回、沖縄の方々と接して、沖縄が大好きになりました。
沖縄といえばマリンスポーツくらいのイメージしかなく、そしてマリンスポーツになんの興味もない私にとって、沖縄というのは行きたいとか好き嫌いとか思ったこともない場所だったんですが、沖縄の人たちが大好きになって、沖縄が大好きになりました。

ああ、また行きたいなぁ。

さてさて、歌なんかも飛び出した楽しいバス移動の中。
「大和の人がこうやって来て奉仕してくれてるのに、沖縄の若いもんときたら……」と、ある現地の方の視線の先には、海岸のサーファーたち。
遺骨収集をやってたすぐ近くには有名なサーフィンスポットがあって、沖縄中からサーファーたちが集まってきてるんだとか。

いやいや、沖縄の若者だって毎日お仕事とかがんばってるんだからたまにはこうやってサーフィンくらいいいんじゃないすか? 私だってえらそうに「ボランティアに来ました!」みたいにやってるけど、普段は飲んだくれてばっかだし……と思いつつ、お話を聞いてびっくりしたのが、この海岸の由来。

私はサーフィンをやったことがないのでよく分からないんですが、沖縄の海岸には、元々サーフィンに適した波はほとんどないんだそうです。
でも、この海岸にはサーファー大集合で。
なんでこの海岸だけ、サーフィンできるような波がくるのかというと、沖縄戦で受けた艦砲射撃。
海岸をぼっこぼこにえぐられて、ええ波が来るようになったんだとか。

……ふ……ふくざつだなぁ。
つーか、地形変わるくらいの艦砲射撃ってどんなだよ。
どんだけ打ち込まれたんだよ。
その中を、地元の人も兵隊さんも逃げてたと考えると……。

そんなとこでサーフィンやってんじゃねえよと思う人の気持ちも分かるし、でも平和になった今、どんな由来だろうがあるものを使いたいって思うのはそりゃそうだろうし、しかも貴重なスポットなんだろうし、でもここは……。

私には答えは出せない問答でした。

あと、今回初めて聞いた言葉。
「昭和20年、6月の終戦で……」。

え? 終戦って8月じゃないの? と一瞬思ったんですが、沖縄戦が終わったのは昭和20年の6月20日。
その後はアメリカに占領されて、本土復帰までは沖縄はアメリカで。
沖縄の人たちにとって、終戦は“日本の”終戦ではなく。
玉音放送なんかも聞けるわけもなく。

分かってたことなんだけど、「6月の終戦」という言葉を当たり前に使ってるのを聞くのは初めてで、そしてそこで一瞬戸惑いを覚えた私はやっぱ内地の人間なんだな、と。
沖縄の人から見れば、大和の人間でしかないんだな、と。

申し訳ないという気持ちを抱くのはこっちの勝手で、沖縄の人はそれを望んでるのかいないのか……。

でも、沖縄大好きです。
たくさん、たくさん行きたいです。
沖縄のひとたち、大好きなんで。


(先週、写真を撮りすぎてまとめられなくてどうのと書いたくせに、今回写真が一枚もなくてすみません。写真整理あきらめました)


■沖縄戦の旅 その4

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遺骨収集で見つかった万年筆のキャップ。

お名前彫っててくれたらなぁ。
ご遺族に返せたのに。
キャップじゃなくて本体には彫ってたのかな。

あ、エラそうに「収集で見つかった」とか書きましたが、私が掘り当てたものじゃありません。
私はカブトムシの幼虫しか見つけられませんでした。
超役立たずでした。

収集活動の最後には、慰霊祭が行われました。
収集ボランティアには、各地の護国神社の神職さんも参加されていて、祝詞で厳粛にお祭りされました。

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お供えにはゴーヤも。
沖縄らしい。

最後に全員で、お供えしていたお神酒を頂きました。
雨で気温も低く、「うおーお神酒ありがてえ!」と、ごふっと飲み干したら日本酒じゃなくてまさかの泡盛。
お……沖縄らしい……。
日本酒は大好きなんですが、焼酎はちょいと苦手なので口の中がえらい驚きました。

そして収集した遺骨は、戦没者遺骨収集情報センターへ納骨。

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今度は仏式でお経。

IMG_0744.jpg

祭壇の上にある、白い布の中に収集したご遺骨が納められています。

……って、私はひとつも見つけられなかったんですけどね。
役立たずですみません。
そして役立たずな上に、ボランティアのみなさんにえらい迷惑をかけてしまいました。

作業場所への移動で、海沿いの尖った岩場を歩いて行ったんですが、ただでさえ歩きにくい上に海藻がへばりついていて。
「ここ、滑るから危ないよー」と同行してた大学生たちにエラそうに声を掛けてたら自分が滑ってコケてスネを強打。
ただでさえ雨で寒いのに海水に浸かり、スネは流血するし腫れあがるしああもう。

で、ボランティアの中には看護師さんもいて、処置してもらいました。
お手数かけてすみません。
やれやれ。

ちゃんとごはん食べて、ちゃんとお布団でぐっすり寝て、しっかりした靴履いてゆっくり歩いてんのに転んじゃうような足場の悪い海岸。
こんなとこを、子供もお年寄りも、赤ちゃん抱えたお母さんも、ケガした兵隊さんも逃げてたんだなぁ。
しかも、海からは艦砲射撃ガンガンで。
怖かっただろうなぁ。

さて、沖縄を後にし東京へ戻りました。
家に着いてお風呂に入ってふと足を見たら更にえらいこと腫れあがってました。
ぶつけたスネだけじゃなくて足首も2倍に膨れ上がって、スネから踵にかけては青やら赤やら紫やら色とりどりに染まり……。
触ってみたら完全に痺れてて感覚がなく。

これヤバくね? と慌てて病院へ。
待合室で隣に座ってるおばあちゃんと「この雑誌の男の人はなんて名前?」「阿部寛じゃないすか」とか世間話しつつ診てもらったら、骨には異常なしとのことで一安心。
打撲で内出血がひどく、その血でスネから下が膨れ上がって痺れてるんだとか。
内出血でこんななんのか……。やれやれ。

で、1カ月半が経過した今。
足首とかの太さは元に戻りましたが、ぶつけたスネの腫れが全然引いてくれません。
青黒くぼこっと腫れたまんまで。
痺れの範囲は狭くなったものの、痛くて正座もできず。
ちょいと膝をついたら皮膚が引っ張られて激痛。

心配になってまた病院に行ったら、「あーこれは時間かかるねー」とのこと。
あーあ。
しばらく腫れたまんまで痛いんか。

がっくりしてたら、「これ、跡も残るよ」 とばっさり追い打ち。

ええええええええ嫌あああああああ!!!

ま、コケた私が悪いんだよな。
役立たずだったけど、がんばった勲章だと思って傷跡と付き合っていくか。
役立たずだったけど。

命があれば、傷跡なんか……ね。
この夏は汚い生足で闊歩します。


プロフィール

okadamari

Author:okadamari

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岡田真理・著
(文藝春秋社)


よくわかる自衛隊 (楽しい調べ学習シリーズ)



志方俊之・監修
岡田真理・文
(PHP研究所)



―岡田真理―
フリーライター。昭和52年生まれ、福岡県香春町出身。同志社大学工学部中退。平成17年、陸上自衛隊予備自衛官補(一般)に志願。50日間の教育訓練を経て、平成19年、予備自衛官に任官。現在も任用継続中。全国の陸海空自衛隊各部隊を取材し、「女子高生にも分かる国防」をモットーに執筆活動を行う。

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