■問題。「集団的自衛権の行使は憲法違反である」……マルかバツか?!

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■問題。「集団的自衛権の行使は憲法違反である」……マルかバツか?!

以前書いたこととかぶりますが、「集団的自衛権は憲法違反だ!だから平和安全法制は憲法違反だ!」というのをまだちょくちょく耳にするので、改めて。

さて、タイトルの問題。
「集団的自衛権の行使は憲法違反である」……マルかバツか?!

結論からいうと、この答えは「集団的自衛権を行使してなにをやるかによる」です。
「集団的自衛権を行使して憲法に反することをやる」のであればそれは憲法違反ですし、「集団的自衛権を行使して憲法に反しないことをやる」のであれば憲法違反じゃありません。

ので、「集団的自衛権=憲法違反」ではありません。
そして、「平和安全法制で定められている集団的自衛権の行使」は憲法違反ではありません。
では、詳しく見ていきましょう。


★今日のハイライト★
・集団的自衛権の行使には、憲法違反のものと、憲法違反じゃないものとがある
・1972年に、政府は「他国に加えられた武力攻撃を阻止することをその内容とするいわゆる集団的自衛権の行使は、憲法上許されない」と答弁したが、このときは冷戦中だった
・今は冷戦もとっくに終わって、世界情勢も日本を取り巻く安全保障環境もまったく違う
・「憲法解釈が変わった」のではなく、「世界情勢が変わった」
・平和安全法制での「集団的自衛権の行使」はとても限定的
・「新三要件」を読めば「平和安全法制で定められた集団的自衛権の行使は憲法違反じゃない」ことが分かる
・平和安全法制は憲法違反ではありません
・そして憲法13条を考えれば、「平和安全法制を廃止する」ことこそが憲法違反です


……えー、今回も長文になりそうなので、先に「今日のハイライト」を作ってみました。
これ、あったほうがいいですか?ないほうがいいですか?
どっちなんだろ。

では、本題。
「集団的自衛権の行使は憲法違反かどうか」。

これを考えるために、まず憲法を見てみましょう。
武力に関することは、9条に定められています。

第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。



このうち、武力に関するのはこちらです。

武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。



「武力(威嚇も行使も)は、国際紛争を解決する手段としては、永久に放棄する」
です。

ので、単純に
〇国際紛争を解決する手段としての武力→憲法違反
〇国際紛争を解決する手段ではない武力→憲法違反じゃない
です。

そしてもひとつ。
憲法には「9条」以外にもたくさんあります。
安全保障というと9条ばかりが取り上げられがちですが、9条以外にも安全保障に関わる項目があります。
それは、「13条」です。

第十三条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。



ので、立法その他国政が、公共の福祉に反してないのに
「国民の生命・自由・幸福追求権に最大の尊重をしない」
のは憲法違反です。

ここまでをまとめると、憲法は
〇国際紛争を解決する手段としての武力→憲法違反
〇国際紛争を解決する手段ではない武力→憲法違反じゃない
〇国民の生命・自由・幸福追求権に最大の尊重をしない→憲法違反
と定めています。

では、次。
「集団的自衛権」とはなにか。
の前に、まず「自衛権」とはなにか。

【自衛権】
外国からの違法な侵害に対して自国を防衛するために緊急の必要がある場合、それに反撃するために必要な限度で武力を行使する権利。
(大辞林より)



自衛権は、国連憲章によって国連加盟国すべてに定められている権利です。
個別的、集団的に関わらず、自衛権はすべての国連加盟国が持っている権利です。
日本も自衛権を持っていますし、「自衛権を放棄する」という法制はありません。
日本も他国と同じく、個別的、集団的に関わらず「自衛権」を持っています。

が、「自衛権の行使」となると話は別です。
日本には憲法9条があります。
ので、憲法9条に反しないように自衛権を行使しなければなりません。
これは、個別的も集団的も同じです。
個別的、集団的に関わらず、憲法9条に反しないように自衛権を行使しなければなりません。

そして同時に憲法13条があります。
「国民の生命・自由・幸福追求権を尊重する」という13条を守るために、自衛権を行使しなければなりません。

再度ここまでをまとめると、

〇国際紛争を解決する手段ではない武力は、憲法違反じゃない(憲法9条)
〇国民の生命・自由・幸福追求権に最大の尊重をしないのは憲法違反(憲法13条)
〇個別的、集団的に関わらず、憲法9条にも憲法13条にも反しないように自衛権を行使しなければならない

→憲法に反しないように、国民の生命・自由・幸福追求権に最大の尊重をし、国際紛争を解決する手段ではない武力で自衛権を行使する


となります。

では、「自衛権」のうちの「個別的」と「集団的」とはなにか。
「個別的自衛権」は、「自国を守るために、武力行使をする権利」です。
「集団的自衛権」は、「複数の国同士で助け合って守るために、武力行使をする権利」です。
……と、非常にざっくりな説明なので、「日本の自衛権の行使」として例を挙げてみます。

① X国軍が日本を攻撃しました。その攻撃を止めるために、自衛隊がX国軍に武力行使しました→個別的自衛権

② X国軍が日本を攻撃しました。その攻撃を止めるために、自衛隊がX国軍に武力行使しました。「日本への攻撃をやめろ」と、日本の同盟国であるA国の軍もX国軍に武力行使しました→個別的自衛権

③ X国軍が日本を攻撃しました。その攻撃を止めるために、自衛隊がX国軍に武力行使しました。「日本への攻撃をやめろ」と、日本の同盟国であるA国の軍もX国軍に武力行使しました。するとX国軍が「日本への攻撃を邪魔するな!」とA国軍を攻撃し始めました。X国軍からA国軍への攻撃を止めるために、自衛隊がX国軍に武力行使しました→集団的自衛権

④ X国軍がA国を攻撃し、A国軍がX国軍に武力行使しました。日本にはなんの影響もありませんが、A国は日本の同盟国なので、日本にもひょっとしたらひょっとするかもしれません。ので、X国軍からA国軍への攻撃を止めるために、自衛隊もX国軍に武力行使しました→集団的自衛権

ややこしいですね~。
では、解説。

①は「個別的自衛権」だとすんなり理解できますよね。
「自国を守るため」の武力行使なので、「個別的自衛権」です。

そして②。
「A国軍」が出てきたので、「お、集団的自衛権かな?」と思いがちですが、「個別的自衛権」です。
ただし、これは「日本の権利」として。
A国の権利としては、「集団的自衛権」です。
自衛隊は、日本を守るためにしか武力行使をしていません。
A国軍を守るために武力行使をしていません。
ので、日本の権利としては「個別的自衛権」です。

そして③。
ここでは、自衛隊がA国軍を守るために武力行使をしました。
ので、「集団的自衛権」です。

そして④。
②の逆バージョンですね。
②の「日本」と「A国」が入れ替わった形になっています。
ので、A国の権利としては「個別的自衛権」ですが、日本の権利としては「集団的自衛権」です。

いやー、ほんとややこしい。

とはいえ、先ほども書いたように、日本には憲法9条と憲法13条があります。
「憲法に反しないように、国民の生命・自由・幸福追求権に最大の尊重をし、国際紛争を解決する手段ではない武力で自衛権を行使する」
です。
ので、①~④のうち、やっていいこととやってはいけないことがあります。

ということで、「なにをやっていいのか、いけないのか」を、過去・現在の情勢から見ていきましょう。

ときはさかのぼって1972年(昭和47年)。
このとき、こんな政府答弁がありました。

「わが憲法の下で武力行使を行うことが許されるのは、わが国に対する急迫、不正の侵害に対処する場合に限られるのであって、したがって、他国に加えられた武力攻撃を阻止することをその内容とするいわゆる集団的自衛権の行使は、憲法上許されないといわざるを得ない」

「なるほど、そうだろうな」と思います。
当時は冷戦中ですから。

第二次大戦後、世界は「アメリカを中心とする西側」と「ソ連を中心とする東側」の二つに分かれた冷戦状態に入りました。
この冷戦は、1989年の「ベルリンの壁崩壊」を経て、1991年の「ソ連解体」で終わりを迎えました。

この答弁が行われた1972年は、ベトナム戦争中でした。
日本と同じアジアのベトナムの地で、米ソの代理戦争の真っ最中でした。

またこの8年後、1980年にソ連でモスクワオリンピックが開催されましたが、このとき「西側」の多くの国がボイコットをしました。
ボイコットしなかった「西側」の国も、開会式の入場行進には参加しなかったり、自国の国旗を使わなかったりしました。
日本は「ボイコット」という選択をしました。
オリンピックに向けて練習を重ねてきた選手たちはその選択に納得できず、涙を流して記者会見をした選手もいました。

モスクワオリンピックの次の夏の大会は、1984年のアメリカ・ロサンゼルスオリンピックでしたが、このときはモスクワの逆となり、「東側」の多くの国がボイコットをしました。
オリンピックにまで冷戦が影響するような、そんな時代でした。

若い方は、この時代のことはピンと来ないかもしれません。
「冷戦」と「日本」がどう関係していたか……ぜひ社会の教科書を見たり、お父さんお母さん、おじいちゃんおばあちゃんに聞いたりしてみてください。

アメリカとソ連が火花バチバチの冷戦時代。
この時代に、「西側」である日本が攻撃されるとしたら、それは「東側」からです。
なので当時、日本の国防は「北」が重視されていました。
ソ連に近い、北海道などの地域です。

もしこのとき、日本が攻撃されて自衛権を行使するとしたら……みなさんだったらどんな自衛権を行使しますか?

個別的自衛権は、「自国で自国を守るために、武力行使をする権利」です。
ソ連からの攻撃に対し日本が武力を行使するのは、「国際紛争を解決する手段」ではなく「日本を守る手段」で、憲法には反しません。

9条の
国際紛争を解決する手段としての武力→憲法違反
だけを考えれば、個別的自衛権の武力行使すらやらなくても別にいいんですが、13条では
国民の生命・自由・幸福追求権に最大の尊重をしない→憲法違反
です。
ので、国民の生命・自由・幸福追求権を尊重するという憲法にのっとって、日本を守るための対処をしなければなりません。

一方、集団的自衛権。
ソ連からの攻撃に対し、日本の同盟国であるアメリカと助け合って守るために、武力を行使するとなると……?
例えば、「ソ連が北海道を攻撃しました」となったとき。

―ソ連軍の艦艇が、海から北海道を攻撃しました。
そこで日本は、その攻撃を止めるために自衛隊の艦艇を向かわせました。
日本にいる米軍の艦艇も、ソ連が北海道を攻撃するのを止めるために向かいました。
すると、ソ連軍の艦艇が「北海道を攻撃するのを邪魔するな」と米軍の艦艇を攻撃し始めました。
ので、米軍の艦艇を守るために、米軍の艦艇を攻撃するソ連軍の艦艇に、自衛隊の艦艇が武力行使しました。

この日本の武力行使は、「集団的自衛権の行使」です。
「日本を防衛している米軍の艦艇」を守るために日本が武力を行使するので。
これは「個別的自衛権」ではなく、「集団的自衛権」です。

一方これは、
国際紛争を解決する手段としての武力→憲法違反
につながります。
冷戦中なので、どんなきっかけであろうと「アメリカvsソ連」のドンパチに日本が加担すると、「国際紛争を解決する手段としての武力」につながっていきます。

ソ連軍が「北海道攻撃に邪魔な米軍を攻撃したけど、自衛隊に反撃されたからやーめた」とかになれば、「国際紛争を解決する手段としての武力」にまではならず、「日本を守る手段としての武力」で済むかもしれませんが。
しかしあの冷戦時代、ソ連が簡単に「やーめた」となってくれるとは考えにくいですよね。
まあ、ソ連軍もそれでやめるんだったら最初っから北海道を攻撃しないでしょうし。

こういった背景から、冷戦真っただ中の1972年に、「他国に加えられた武力攻撃を阻止することをその内容とするいわゆる集団的自衛権の行使は、憲法上許されない」と政府が答弁したのは、「なるほど、そうだろうな」と思います。
憲法9条を考えれば、そうなります。

しかし、憲法13条では
国民の生命・自由・幸福追求権を尊重に最大の尊重をしないのは憲法違反
です。

日本は、国民の生命・自由・幸福追求権を守らなくてはなりません。
そのために、自衛隊が「ソ連の北海道攻撃を止める」活動をするのですが、同時にそれは自衛隊じゃなくても、同盟国の米軍の活動でも「日本国民の生命・自由・幸福追求権に最大の尊重をする」は同じです。

「最大の尊重」ならば、個別的自衛権でも集団的自衛権でも、あらゆる手段で日本国民の生命・自由・幸福追求権を守る最大限の努力をしなければなりません。
しかし、その過程で集団的自衛権を行使した結果、米ソの戦争に巻き込まれてしまうと、「国際紛争を解決する手段としての武力」につながり、さらには「国民の生命・自由・幸福追求権を守れない」ことにつながってしまいます。

憲法9条と13条。
その狭間で、当時の日本は
「わが憲法の下で武力行使を行うことが許されるのは、わが国に対する急迫、不正の侵害に対処する場合に限られるのであって、したがって、他国に加えられた武力攻撃を阻止することをその内容とするいわゆる集団的自衛権の行使は、憲法上許されない」
という選択をしました。
冷戦中という時代背景から、当時の日本は「個別的自衛権だけで日本を守る」という選択をしました。

そしてときは流れて現在。
冷戦もとっくに終わり、世界情勢は一変しました。
中国による日本や東アジア諸国領域への侵犯、北朝鮮の弾道ミサイル、ISILなどのテロ……現在の脅威は「冷戦」ではなく、こういったことになりました。
日本の国防も、「北」から「南」にシフトしています。
そのくらい、時代が変わりました。

ちなみに、政府が「集団的自衛権の行使は、憲法上許されないといわざるを得ない」と答弁した1972年は、沖縄返還の年です。
戦後からそれまで、沖縄は「日本」ではなく「アメリカ」でした。
もちろん、尖閣諸島も「日本」ではなく「アメリカ」でした。

そして北朝鮮では、この1972年に憲法が制定されました。
それまで北朝鮮の首都は「ソウル」とされていましたが、この憲法で「平壌」と定められました。
それまで「首相」だった金日成が「主席」となり、今の北朝鮮の体制が作られ始めました。
もちろん、当時はミサイル開発や核開発どころではありません。

そのくらい、時代が変わりました。

もし今、日本が攻撃されて自衛権を行使するとしたら……みなさんだったらどんな自衛権を行使しますか?

個別的自衛権は、昔から変わらず憲法には反しません。
では、集団的自衛権。
日本が同盟国と助け合って守るために、武力を行使するとなると……?

現在の場合、集団的自衛権の行使は「国際紛争を解決する手段としての武力」と、「国際紛争を解決する手段ではない武力」のどちらもがあります。
「憲法9条に反する場合」と「憲法9条に反しない場合」のどちらもがあります。

例えば、「北朝鮮が東京に弾道ミサイルを撃つ」となったとき。
あ、仮に、の話ですよ。
ので、以下も「仮に」として読んでください。

―「北朝鮮が東京に弾道ミサイルを撃つ」となりました。
そこで日本は、北朝鮮から飛んでくる弾道ミサイルを大気圏外で破壊するために、自衛隊の艦艇を日本海に置きました。
日本にいる米軍の艦艇も、日本海に向かいました。
自衛隊の艦艇も、米軍の艦艇も、弾道ミサイルを破壊する準備を整えました。
すると、北朝鮮軍の部隊が「弾道ミサイルを破壊されてなるものか」と米軍の艦艇を攻撃し始めました。
ので、米軍の艦艇を守るために、米軍の艦艇を攻撃する北朝鮮軍の部隊へ、自衛隊の艦艇が武力行使しました。

えー、何度も言いますが「仮に」ですよ。
実際にどうなってどう対処するのかは細かい状況に寄りますから。

この場合の武力行使も、冷戦中のソ連の例と同じく「集団的自衛権の行使」です。
「日本を防衛している米軍の艦艇」を守るために、自衛隊が武力を行使するので。
これは「個別的自衛権」ではなく、「集団的自衛権」です。

しかし、これは「国際紛争を解決する手段としての武力」ではありません。
北朝鮮とアメリカは「冷戦中」でもなんでもなく、「日本を防衛している米軍の艦艇を攻撃する北朝鮮軍の部隊へ自衛隊が武力行使」は、「国際紛争を解決する手段としての武力」ではありません。

今後の可能性としていろ~~~んなケースを考えれば、「国際紛争を解決する手段としての武力」につながっていくこともあるかもしれませんが。
例えば、上記の「北朝鮮が東京に弾道ミサイルを撃つ」が、「アメリカvs北朝鮮の戦争中だったら、それは国際紛争につながっていく可能性も考えられるのではないのか」とか。
「アメリカvs北朝鮮」の戦争中に、北朝鮮が東京に弾道ミサイルを撃つ余力があるのかどうか知りませんが。
まあ、可能性としてはゼロではないですよね。

……ということで、現在は、集団的自衛権の行使は「国際紛争を解決する手段としての武力」と、「国際紛争を解決する手段ではない武力」のどちらもがあります。
「憲法9条に反する場合」と「憲法9条に反しない場合」のどちらもがあります。

〇国際紛争を解決する手段としての武力→憲法違反
〇国際紛争を解決する手段ではない武力→憲法違反じゃない

という憲法9条だけを見れば、「もーめんどくせぇから集団的自衛権の行使は全部NGにしようぜ!」って言っちゃいたくなるんですが、でも憲法には9条だけでなく、13条
〇国民の生命・自由・幸福追求権に最大の尊重をしない→憲法違反
もあります。
どちらも守らなくてはいけません。

「今、アメリカと北朝鮮は戦争中だ。国際紛争を解決する手段としての武力につながっていく可能性も考えられなくはないから、弾道ミサイルが東京に撃ち込まれてたくさんの人が死んでしまってもしょうがない」
というのも、やはり憲法違反です。

「憲法9条違反だから平和安全法制を廃止するべき!」という憲法9条をよく理解していない方々がいらっしゃいますが、憲法13条を考えれば「平和安全法制を廃止する」ことこそが憲法違反です。

日本は、「国民の生命・自由・幸福追求権に最大の尊重」をするために、そしてなにより国民や国土に被害が出ないように、最大限の努力をしなければなりません。
個別的、集団的に関わらず、自衛権をできるだけ使って被害が出るのを防がなくてはなりません。

冷戦中とは違い、ここ最近の脅威は「これって戦争というワケじゃないけど、でも平和かというとそうじゃなくない?」ということもたくさんあります。
新たな脅威に対しても、しっかりと「国民の生命・自由・幸福追求権に最大の尊重」をしなければなりません。

憲法9条と憲法13条。
このどちらにも反しないように、自衛権を行使するにはどうすればいいか。
国民の生命・自由・幸福追求権に最大の尊重をし、かつ国際紛争を解決する手段ではない武力で自衛権を行使するにはどうすればいいか。

これらを満たすため、平和安全法制には「新三要件」というものがあります。
「新三要件」には、こう明記されています。

「新三要件」
(1)我が国に対する武力攻撃が発生したこと、又は我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること
(2)これを排除し、我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないこと
(3)必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと



「新三要件」は、「武力行使を可能とする要件」です。
個別的自衛権、集団的自衛権に関わらず、この3つの要件が満たされていなければ、日本は武力行使することはできません。
個別的自衛権でも集団的自衛権でも、武力行使するのは「新三要件」を満たす範囲のみです。

上~のほうで、個別的自衛権と集団的自衛権を解説するときに

④ X国軍がA国を攻撃し、A国軍がX国軍に武力行使しました。日本にはなんの影響もありませんが、A国は日本の同盟国なので、日本にもひょっとしたらひょっとするかもしれません。ので、X国軍からA国軍への攻撃を止めるために、自衛隊もX国軍に武力行使しました→集団的自衛権

と書きましたが、これは新三要件に反しています。
ので、この④はしてはいけません。

そして「北朝鮮が東京に弾道ミサイルを撃つ」の例で、
「アメリカvs北朝鮮の戦争中だったら、それは国際紛争につながっていく可能性も考えられるのではないのか」
というケースに触れましたが、もしこのような状況になったとしても、「国際紛争を解決する手段としての武力」にならないよう、新三要件を満たす範囲のみで、「国民の生命・自由・幸福追求権に最大の尊重する」ための武力行使をします。

平和安全法制には、新三要件があります。
これで、憲法9条を守りながら、同時に憲法13条を守ることができます。
憲法を順守し、その上で日本の平和と安全を守ることができます。

1972年に政府が行った「集団的自衛権の行使は、憲法上許されないといわざるを得ない」という答弁。
そして2016年に施行された、「集団的自衛権の行使を限定的に容認」する平和安全法制。

この2つから、「政府が憲法解釈を変えた!」という方々がいらっしゃいます。
「政府が勝手に憲法解釈を変えるんだから、政府が勝手にアメリカの戦争に参加するかもしれない!政府が勝手に徴兵制だって始めるかもしれない!」という方々もいらっしゃいます。

さらに細かい話をすれば、「集団的自衛権の行使」は、平和安全法制の「事態対処法」でのお話です。
なのに、平和安全法制の「重要影響事態確保法」や「国際平和支援法」を持ち出して、「集団的自衛権を行使容認したらアメリカの戦争に日本が参加する!そしたら徴兵制にもなる!」という方々までいらっしゃいますが、重要影響事態確保法や国際平和支援法に集団的自衛権の行使は関係ありません。
というか、そもそも重要影響事態確保法や国際平和支援法では武力行使は認められていません。

「事態対処法」とか「重要影響事態確保法」とか「国際平和支援法」とかなんのこっちゃ分からん方々もたくさんいらっしゃるかと思いますので、

世界一分かりやすい平和安全法制の解説書
http://okadamari.blog112.fc2.com/blog-entry-294.html

でお知らせした

月刊MAMOR
http://www.fusosha.co.jp/magazines/mamor/

の連載「岡田の軽キュラム」をぜひご覧ください。
さらっと宣伝入れましたすみません。
(事態対処法とか重要影響事態確保法とか国際平和支援とかに触れるのはもうちょい先の号ですが。でも続きモノなので、第1回からぜひどうぞ)

憲法や平和安全法制、国際情勢をちゃんと理解していなかったら、「集団的自衛権を行使容認した!政府が憲法解釈を変えた!政府が勝手に憲法解釈を変えるんだから、政府が勝手にアメリカの戦争に参加するかもしれない!政府が勝手に徴兵制だって始めるかもしれない!」と勘違いしてしまうのも無理はありません。
勘違いした人からそう教えられて、憲法や平和安全法制、国際情勢をちゃんと理解する時間がなかったら「そうなんだ!平和安全法制ってアメリカの戦争に参加するのも徴兵制もOKになるんだ!」と信じてしまうのも無理はありません。

でも、こうやって「正しい情報」を得ることができれば、「政府が憲法解釈を変えた」のではなく「世界情勢が変わった」と理解できます。
「平和安全法制で認めている集団的自衛権の行使はとても限定的」で、「平和安全法制は憲法違反ではない」と理解できます。
理解できれば、起こりもしないことをあれこれ心配したり不安になることもありません。

私は、若者たちに「正しくないこと」の心配に時間や労力を使って欲しくありません。
どうせ心配するなら、「正しいこと」にその時間や労力を使って欲しいんです。
そしてその解決策を模索して欲しいんです。
そっちのほうが、おひとりお一人の将来がより良いものになると思うので。

ときは更にさかのぼり、1910年(明治43年)。
この年、ハレー彗星が地球に接近しました。
そして「ハレー彗星から地球に有毒ガスが流れる」とか、「ハレー彗星が地球に最も近づく5分間は地球上から空気がなくなる」という噂が流れました。
「ハレー彗星の尾に含まれる水素が空気中の酸素と化合して、人類は窒息死すると天文学者が言っている」と報じた新聞もあったそうです。

それを信じた人たちは、5分間分の空気を蓄えるために自転車のチューブや氷袋などをたくさん買いました。
これらの需要が高まり、価格が高騰したということも伝わっています。
学校で5分間息を止める練習も行われたそうです。
「どうせ死ぬんだから」と全財産を使い果たす人もいて、歓楽街が大賑わいだったという話もあります。
ドラえもんでも、のび太くんのひいおじいちゃんが自転車のチューブを手に入れたくてもできなくて、のび太くんがタイムマシンで浮き輪を……という、この当時ことを描いた回があります。

さて、実際にハレー彗星が接近して地球はどうなったか……というと、みなさんもご存じのとおり、なんにも起こりませんでした。

「学者が言ったから」
「新聞に書いてあるから」
「先生がこう言ったから」

それを信じた人々は、不安な日々を過ごし、不必要な物を高値で買い、物を巡って争い、将来を見誤り、その結果大きな騒動に発展しましたが、なんにも起こりませんでした。

しかし、現代の私たちは「正しい情報」を持っています。
「正しい情報」を持っているので、ハレー彗星が地球に接近しても不安にはなりません。

1986年にも、ハレー彗星が地球に接近しました。
当時私は小学校2年生でしたが、当時の人々は「正しい情報」を持っていたので、1910年のような騒動は起こりませんでした。

「学者が言ったから」
「新聞に書いてあるから」
「先生がこう言ったから」

平和安全法制はどうでしょうか。
「正しい情報」は伝えられているでしょうか。

私たちは、さまざまな手段で「正しい情報」を得ることができます。
「正しい情報」を得るために、学ぶことができます。
昔とは違い、多くの学ぶ機会があり、なにが「正しい情報」なのかを考えることができます。
私たちが努力を怠らなければ、未来はもっと、いろんな方法でいろんな情報を得られるようになるかもしれません。

若い皆さんは、どうか
「学者が言ったから」
「新聞に書いてあるから」
「先生がこう言ったから」
などに振り回されないでください。

自分で調べて、自分で考えてください。
なにが「正しい情報」なのかを、他人にゆだねず、自分で判断してください。

「平和安全法制は憲法違反ではない」。
今回、私はこう書きましたが、これも「正しい情報」なのかどうか、ぜひ自分で調べて、自分で考えて、自分で判断してくださいね。


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Author:okadamari

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岡田真理・著
(文藝春秋社)


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志方俊之・監修
岡田真理・文
(PHP研究所)



―岡田真理―
フリーライター。昭和52年生まれ、福岡県香春町出身。同志社大学工学部中退。平成17年、陸上自衛隊予備自衛官補(一般)に志願。50日間の教育訓練を経て、平成19年、予備自衛官に任官。現在も任用継続中。全国の陸海空自衛隊各部隊を取材し、「女子高生にも分かる国防」をモットーに執筆活動を行う。

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