■君塚前陸幕長から頂いたお言葉

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■君塚前陸幕長から頂いたお言葉

2013年8月まで陸上幕僚長を務められた君塚栄治氏が、12月28日にご逝去されました。
まだ63歳。
これからももっともっとご活躍して頂きたかったのですが……。

君塚前陸幕長の功績といえば、東日本大震災にまつわるものがよく取り上げられます。
東日本大震災発生時、君塚前陸幕長は東北方面総監の任にあり、災害派遣のJTF(陸海空統合任務部隊)の指揮官を務められました。

陸上自衛隊は、日本を「北部」「東北部」「東部」「中部」「西部」の5つのエリアに分け、それぞれに「方面隊」を置いています。
各方面隊のトップが「方面総監」。
君塚前陸幕長は2009年から陸上自衛隊の東北地方の部隊を束ねる「東北方面隊」で「東北方面総監」を務められていて、地震や津波に備えた災害対処訓練を積極的に実施されていました。

そして2011年3月11日に東日本大震災が発生。
この災害派遣では、自衛隊創設以来初めてとなる予備自衛官の実働招集が行われましたが、君塚前陸幕長は災害対処訓練で予備自衛官の運用も想定されていました。
当時、陸海空自衛隊の統合任務、そして予備自衛官の運用が実現し、救助や支援を実施できた背景には、君塚前陸幕長による「備え」があったからでした。

その後、君塚前陸幕長は2011年8月、陸上自衛隊のトップである陸上幕僚長に就任。
2013年8月の定年退官までその任を務められました。

東日本大震災の災害派遣にご尽力された君塚前陸幕長の定年退官は、テレビや新聞で大きく報道されました。
陸海空の幕僚長が退官される際はいつもニュースなどで取り上げられるものですが、あれほど大きく報道されたのは私の記憶では初めてです。
テレビのニュースでは、退官前日に行われた君塚前陸幕長の会見が繰り返し流れていました。

会見が行われた退官前日。
その日私は予備自衛官の「中央訓練」に参加していて、市ヶ谷での式典に出席しました。
そして、会見直後の君塚前陸幕長から訓示を頂きました。

壇上に立たれた君塚前陸幕長は、「たった今、会見が終わったところで……」と穏やかに話し始められました。
予備自衛官の「予備陸士長」という階級の私からすると、「幕僚長」なんて雲の上の上の上の上の存在なのですが、君塚前陸幕長は本当に穏やかな包容力をお持ちで、士長の私でも「優しいお父さん」的な親しみを持ってしまうような、そんな方でした。
いや、「お父さん」なんて表現しちゃいけないくらい雲の上の上の上の上の存在なんですが。
でも、自然とそう感じてしまう方でした。

訓示では、「事が起こればいつでも招集、運用されることを念頭に、覚悟を固めよ」と、予備自衛官としての心構えを説かれ、身の引き締まる思いでした。
そして、一生忘れられないお言葉も頂きました。

―「待機」も重要な任務のひとつである。

東日本大震災では予備自衛官に初めての実働招集が掛かりました。
が、予備自衛官の全員が招集されたわけではなく、そのほとんどが「待機」の状態でした。
私も「招集があればいつでも行きます」と所属部隊に回答していたものの、実際に出頭命令は来ず、ずっと仕事を続けながら待機をしていました。
そして結局、出頭命令が来ないまま、「待機」だけで予備自衛官の災害招集は終わりました。

待機中、ホンネを言うとまあまあ辛かったんです。

自衛隊の災害派遣が連日テレビや新聞で報道され、そして「予備自衛官招集」のニュースが流れる中、東京で知人に会えば「あれ?なんでここにいるの?なんで災害派遣行かないの?」と言われ……。
「行く準備はしてるけど命令が来ないんだよ」って説明はするものの、予備自衛官の制度自体があまり知られていないため「なんで?予備自衛官なのに?こんな大変なときにのほほんと東京にいるの?なんのために予備自衛官やってるの?」と責められ……いや、私が勝手に責められているように感じただけなんでしょうけど。

「被災地にボランティアに行こう」と誘ってもらえても、いつ招集が掛かるか分からない状態なのでお断りするしかなく、「予備自衛官なのにボランティアはやらないんだ」と責められ……いや、私が勝手に責められているように感じただけなんでしょうけど。

そんなこんなの中で、いつ招集が掛かってもいいように仕事をやりくりし、お仕事関係の方にご迷惑を掛けることを謝り、そして「危ないから災害派遣には絶対に行くな」と言う親に一から説明をし(そもそも予備自衛官に任官した時点で理解はしてくれてたはずなんですが……まあ、いざ直面すると親としてはいろんな不安が沸き起こってきたのかもしれません)……などなどの、「招集に応じる」ためのあらゆる準備を整えながら、待機。

もちろん、被災された方のことを思えば、こんなの「辛い」うちには入りません。
「辛い」なんて言葉を使っちゃいけない程度のものです。
でも、「待機」はただただぼんやりと命令を待ってるだけの状態ではありませんでした。

そしてそれは私以外の予備自衛官も同じでした。
当時、多くの予備自衛官は、震災の影響を受けて各々の仕事が多忙になっている中、職場に頭を下げ、家族に理解をもらい、招集に応じる覚悟を固めていました。
あの大災害に直面し、「現場に行きたい。少しでも国民の役に立ちたい」という思いを持っていました。
しかし実際に招集を受けたのはごく一部の予備自衛官でした。

私たち予備自衛官は、「国民のために役立ちたい」という思い、士気を維持することで、各々の仕事を持ちながら予備自衛官を続けることができています。
震災直後から数カ月間、常に「いつ招集されるか分からない」という緊張状態を保ち続け、しかし「結局招集されなかった」ことで緊張の糸が切れ、予備自衛官全体の士気が下がったような空気も、当時、事実としてありました。

しかし、なにかあったときに予備自衛官の全員を招集するわけにはいきません。
現場のニーズもありますし、また当時は「東北から連動して、首都圏でも、その他の地域でもいつ大震災が起こるか分からない」という不安もありました。
そのためには、全国各地に「いざとなったら出動できる」予備の人員は残しておかなければなりません。

それは予備自衛官だけじゃなく、現職の自衛官も同じです。
志を持って自衛隊に入隊した自衛官なら、「現場に行きたい」という気持ちは当然あります。
しかし、あのとき現場に行かなかった自衛官たちは、新たに起こる万が一に備えて待機をし、そしてあの状況でもやはり必要な日々の国防任務を黙々と続けていました。

そして、そんな現職自衛官たちと同じように、現場に行きたいと思いながら、日々のそれぞれの仕事を続けていた予備自衛官たちも、実はあのとき立派に「待機」という任務を果たしていたんだと、君塚前陸幕長は教えてくださいました。

―「待機」も重要な任務のひとつである。

当時、JTFの指揮官というお立場であの現場と向き合っておられながら、君塚前陸幕長は自衛隊組織のすべてに、予備自衛官にまでその思いを馳せてくださっていました。

君塚前陸幕長の訓示は、力強さの中にも優しさが溢れていて、お言葉のひとつひとつから様々な思いが湧き上がってきました。
お腹の底に「……うん、よし」と覚悟が決められるような、そんな訓示でした。
退官前日に、予備自衛官の心情も汲んでくださった上で、大切なお言葉をたくさん残してくださいました。

訓示そのものは決して直接的に「泣かせる」内容ではありませんでしたが、お言葉のひとつひとつが心に響いて、涙を堪えるのに必死でした。
君塚前陸幕長の、自衛官人生の最後のお気持ちがずっしりとこめられていて、感情的になりそうなのを堪えて、一生懸命冷静にひとつひとつを受け止めていました。

私は、君塚前陸幕長から訓示を頂いたあの日から、この陽の当たらない「日々、待機だけを続ける予備自衛官という立場」により誇りを持てるようになりました。

思えば、自衛隊そのものが、「いざというときのための、陽の当らない組織」です。
現職の自衛官でも、ブルーインパルスのような一見華やかに見えるチームがありながら、その裏で人知れず機の整備を黙々と続けている隊員がいます。
テレビなどによく登場する、表だって活躍する前線部隊がある一方、その前線部隊を支えながら、誰の目にも触れずに黙々と任務を遂行している後方部隊があります。

今、このときも、日本や世界の各地には任務に就いている自衛官がいます。
ひと気のない野っ原の弾薬庫警備で寒さに震えながらひとりぼっちの年越しをした隊員がいます。
寒々とした真っ暗な海を空から監視しながら新年を迎えた隊員がいます。
熱気に満ちた砂漠で暑苦しい防弾チョッキを着て日本から数時間遅れた年越しをした隊員がいます。
自衛官だけじゃなく、警察官も消防隊員もその他のたくさんのお仕事のみなさんも、お正月だろうがなんだろうがいつも誰かがこの街を人知れず守ってくれています。

今年も、私は予備自衛官として「待機」をし続けます。
もう、迷いや葛藤はありません。

―「待機」も重要な任務のひとつである。

君塚前陸幕長から頂いたこの言葉を胸に、誇りを持って「待機」をします。
「ムダ」になることを祈りながら万が一に備えた覚悟を持ち、そしてどれだけがんばっても「ムダ」になることを祈りながら訓練に出頭します。

この一年が、予備自衛官が「ムダ」に終わる平穏な年でありますように。

君塚前陸幕長のご冥福を、謹んでお祈り申し上げます。


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岡田真理・著
(文藝春秋社)


よくわかる自衛隊 (楽しい調べ学習シリーズ)



志方俊之・監修
岡田真理・文
(PHP研究所)



―岡田真理―
フリーライター。昭和52年生まれ、福岡県香春町出身。同志社大学工学部中退。平成17年、陸上自衛隊予備自衛官補(一般)に志願。50日間の教育訓練を経て、平成19年、予備自衛官に任官。現在も任用継続中。全国の陸海空自衛隊各部隊を取材し、「女子高生にも分かる国防」をモットーに執筆活動を行う。

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