■「国防」の方法

■「国防」の方法

前々回に続いて時事ネタ。
まずはおさらいから。

前々回の「反戦」の方法では、
日本が武力を放棄した場合を仮想→戦争勃発
の流れから、

・「新たな戦争を起こさない」ことを実現するためには、日本も武力を持って国を守らなければならない
・世界中に武力が存在する現状では、日本もしっかりとそれに対抗できる武力を持たなければ「反戦」は実現できない
・「反戦」のためには、ちゃんと武力を持った「自衛」をしなければならない

というお話をしました。

前々回は「反戦」にのみ焦点をしぼりましたが、上記のことは「反戦」だけでなく、
・国民の生命と財産を守る
・日本の平和と独立、安全を守る
という国防のためにも欠かせません。

今回は、その「国防の方法」についてです。

日本は、国防組織である「自衛隊」を持っています。
自衛隊の任務は、自衛隊法第3条に

自衛隊は、我が国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、直接侵略及び間接侵略に対し我が国を防衛することを主たる任務とし、必要に応じ、公共の秩序の維持に当たるものとする。

と定められています。
(第3条にはまだ第2項、第3項と続きがありますが、長いので興味のある方はググってみてください)

もちろん、「国防」は自衛隊の活動だけで達成されるものではなく、政治や外交、経済、そしてなにより国民の意思によって成し遂げられるものです。

国防は、絶対に失敗できません。
失敗すると、国民の生命と財産が危険ですから。
日本の平和と独立、安全が脅かされますから。
家族、友人、仕事……いろんなものが崩れちゃいますから。
ので、絶対に、どんな状況でも、国防は確実に達成されなければなりません。

国防を確実に達成するためには、当然ですが、失敗となりうるリスクを出来る限り排除しなければなりません。
国民の生命と財産、そして日本の平和と独立、安全が掛かっている大事な大事なものなので、失敗するリスクは可能な限りなくす必要があります。
「いや~、うっかりリスク残しちゃってたから国民結構死んじゃったわ」「あ、日本の主権も取られちゃった」なんて、「うっかり」で済むものではないですよね。

ここで唐突ですが、国防をサッカーに例えます。
なんでサッカーかというと、先週私が生まれて初めてJリーグの試合を見に行ったからです。
モンテディオ山形サポーターのみなさん、お世話になりました。すっげー楽しかったです。

……は、さて置き。

サッカーにはルールがあります。
細か~いルールはたくさんありますが、一番有名なのは「手を使っちゃいけません」というもの。
当たり前ですよね。サッカーですから。
国内のリーグでも、オリンピックやワールドカップのような国際大会でも、このルールに則ってゲームが行われます。

で、とあるサッカーの国際大会に日本代表が出場することになったとします。
日本代表ももちろん、サッカーの国際ルールに則って試合を行うのですが、突然、日本政府からある取り決めが発表されました。
それは、
「日本代表は胸でトラップしてはいけない」
というもの。
「サッカーはそもそも足でやるもの。だから、胸も『ハンド』だ」というのが、日本政府の見解です。
「他の国はその国のやり方を尊重する。対戦国はみんな胸でトラップするだろう。でも日本は『胸は足ではなくてどっちかっつったら手だ』という歴史的背景があるから、胸でトラップするのは禁止。これで国際大会がんばれ」

「はぁ?!?!」
「ふざけんな!!!」
「そんなんで勝てるか!!!」
ですよね。

「『集団的自衛権を行使しない』という決まりをわざわざ持つ」ってこういうことだと思うんです。
日本以外の国では「集団的自衛権を行使できる」を当たり前としています。
行使しまくっています。
言い換えれば、「日本だけが『集団的自衛権を行使しない』というローカルルールで自らを縛ってる」という状態なんです。

胸でトラップすることをルール違反としていないサッカーの国際大会で、日本代表だけ胸でトラップすることを禁止されたら負けるリスクが高くなります。
同じように、世界では当たり前にOKな集団的自衛権を日本だけが禁止しちゃうと、国防に失敗するリスクが高くなるんです。

私は、日本が平和な状態であることを望みます。
戦争は絶対に起こって欲しくありません。
そのために、国防のリスクは出来る限り排除して欲しいと思っています。
個別的だろうが集団的だろうが何的だろうが、可能な限りの「自衛」を行える状態を望みます。
「平和のための手段」を法で縛るのではなく、「平和」そのものを目的とした法であって欲しいんです。

ニュースなんかでは、「集団的自衛権=アメリカの言いなり」だとか、「集団的自衛権=戦争する」だとかの論をよく耳にします。
でも、アメリカだろうがどこの国だろうが、言いなりになりたくなきゃならなきゃいいと思うんです。
戦争したくなきゃしなきゃいいと思うんです。
なんのための国民だよ。なんのための主権だよ。ノーならノーと言えばいいじゃん。
集団的自衛権を行使できるようになったからって、日本には日本の意思を持つことができるし、望まないことには「ノー」と言える環境があります。

確かに、集団的自衛権が行使容認されれば、現状ではできなかったことができるようになります。
望むことも望まないことも。
でも、「望まないこと」を防ぐために、「望むこと」の可能性を潰しちゃダメだと思うんです。
だって、国民の生命と財産が掛かってますから。
日本の平和が掛かってますから。

刃物が危ないからって台所から包丁を取っ払ったりしないですよね。
包丁がなくてもキッチンバサミやレンチンでどうにかなる調理はたくさんありますが、でも私たちは包丁を使った調理の有効性を知っています。
そしてそれを望んでいます。
包丁の危険性を排除しながら、有効性を正しく享受する能力を持っています。

「包丁を使う権利」を持ったからって、必ず人を刺さなきゃいけないワケではありません。
私たちは、お肉や野菜を美味しく調理するために包丁を使う能力を持っていますし、そしてそれを危険なことに使ってはいけないという共通意識を持ち、包丁を正しく使っています。

「集団的自衛権を行使できる」ようになったからって、必ず戦争をしなきゃいけないワケではありません。
どこかの誰かの言いなりにならなきゃいけないワケではありません。
集団的自衛権を望むことに使い、望まないことに使わない……日本人ならできますよね?

どんな権利を持っても、それを「望まないこと」には使わず「望むこと」に使う能力を、日本は持っています。
戦争は誰だってしたくありません。
じゃあ、しなければいいだけで。
そういう選択をすればいいだけで。
自衛権は「目的」ではなくて、「手段」です。

・集団的自衛権を行使できるようにする
・そしてより国防のリスクを排除する
・でも望まないことはやらない

わざわざしっちゃかめっちゃかな議論にしなくても、たったこれだけの単純なことだと思うんですが……。
(ってサッカーやら調理やらしっちゃかめっちゃかな例え話を出した私が言うことじゃないかもしれませんが)

日本の平和のために、国民の生命と財産を守るために、「集団的自衛権」……私は、行使できるようになって欲しいです。
そして、日本という国は、それを正しく行使できる国と国民であり続けられると思っています。

集団的自衛権絡みでは、「徴兵制」「憲法9条」「海外派遣」「自衛官のリスク」などなどの話題もよく聞きますが、この辺もまた後日改めて書きたいなーと思ってます。
(んでカープの話題もたまってるんですが……書きたいんですが……まあ、こちらも改めて)


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プロフィール

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岡田真理・著
(文藝春秋社)


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志方俊之・監修
岡田真理・文
(PHP研究所)



―岡田真理―
フリーライター。昭和52年生まれ、福岡県香春町出身。同志社大学工学部中退。平成17年、陸上自衛隊予備自衛官補(一般)に志願。50日間の教育訓練を経て、平成19年、予備自衛官に任官。現在も任用継続中。全国の陸海空自衛隊各部隊を取材し、「女子高生にも分かる国防」をモットーに執筆活動を行う。

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